春の花 吟詠大会(2026/5/17)第二吟として

 教本の中から「春の花」として好きな詩、吟じてみたい詩を一つ挙げるなら、と吟者の方々に選んでいただいた22首。厳寒の頃から陽春降り注ぐ時期まで花々の咲き進む順に並べてみました。厳密には特定が難しく迷いながらの箇所もありますが、それぞれその位置にした理由を「ここに注目」に記しました。また通釈は花に拘った内容で簡単にしていますがご了承ください。
 これは違うのでは?などのご指摘、大歓迎です。 こちらのフォームからドンドンお寄せください。

 なお、これら22首の配列には二つの軸があります。ひとつは極寒から陽春・晩春へと移ろう花の季節の推移です。
 もうひとつは、それら(花や季節)をどう捉えるかという視点の変化、つまり寒中に自らを律するところから始まり爛漫・開放へと向かい、中ほどでは翳りを帯び、春の中に潜む寂寥や人の情、季節描写を越えた内面の主題が展開しています。

1雪中見梅 寺門静軒

詩文

寒蓑立尽水之涯
雪益加時興益加
香骨吟身両清絶
雪中人対雪中花

通釈

寒さの中、蓑をまとって私は水辺にじっと立ち尽くしている。雪はいよいよ激しくなってくるが、そうなればなるほど、かえって風雅の興は深まってゆく。雪の中に咲く梅は、馥郁たる香りと凜とした骨柄とをあわせ持ち、この上なく清らかである。そしてその梅に向き合っている私もまた、雪の中に立つ一人の人として、同じ清らかな世界にある。

ここに注目

厳冬の雪中に在る梅は春の兆しを感じさせる。しかし季節は未だ冬。雪の中の清冽な梅と自らを対峙させている。

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2山居 寂室元光

詩文

不求名利不憂貧
隠處山深遠俗塵
歳晩天寒誰是友
梅花帶月一枝新

通釈

名誉や利益を求めることもなく、貧しいことを憂いもしない。私の隠れ住むところは深い山中にあって、俗世間のけがれから遠く隔たっている。年も暮れ、寒さの厳しいこの時節に、いったい誰が私の友であろうか。ただ月の光を受けてひっそりと咲く、梅の新しい一枝が私の友なのである。

ここに注目

歳晩の寒夜に月光の中で静かに見出される花は作者の心に寄り添う一枝の清らかな花。
歳晩(旧暦の年の暮れ:1月下旬)は人生の晩年をも想起させる。

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3新正口号 武田信玄

詩文

淑気未融春尚遅
霜辛雪苦豈言詩
此情愧被東風咲
吟断江南梅一枝

通釈

春のやわらかな気はまだ満ちておらず、春の訪れはいまだ遅い。霜は厳しく、雪は苦しいほどで、とても詩など口にする気にもなれない。そのような自分の心は、春を連れ来る風を受けて咲く花に対して、何とも恥ずかしく感じられる。そこで私は、はるか江南で吟じた人に肖って梅一枝を詠んでみることにしよう。

ここに注目

厳しい寒さの中で咲く花に触発され梅一枝の詩を詠んだ。※新正は旧暦の新年(1月下旬)。

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4梅花 王安石

詩文

牆角数枝梅
凌寒独自開
遥知不是雪
為有暗香来

通釈

垣根のすみに数枝の梅が咲いている。厳しい寒さに耐えながら、ただひとり先んじて花を開いている。遠くから見ると白くて雪のようだが、雪ではないことがわかる。ほのかな香りがこちらまで漂ってくるからである。

ここに注目

雪も未だあるが梅が香るほどに咲き進む時期。春の入口ではあるが暖かとはいえない初春。

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5和歌 梅の花 岩渕神風(神風流初代総元)

詩文

梅の花
ちりてものちに
実をのこす
ためしをおのが
身にぞかけなむ

通釈

梅の花は美しく咲いて終わるだけではなく、散ったあとに実を残す。自分もこのような生き方をしたいものだ。

ここに注目

咲く、散る、残す、梅の命の在り様を自らの生き様とする精神性の高い一首。

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6新春偶成 梁川星巌

詩文

東風擾擾満城塵
何限走炎附熱人
公道只余梅柳在
朱門白屋一般春

通釈

春風がざわざわと吹き、町じゅうには土ぼこりが満ちている。世の中には、勢いのある者に群がり権勢にへつらう人がなんと多いことか。そうした中で大通りにはただ梅と柳だけが変わらずにある。富貴の家にも貧しい家にも、春は等しく訪れているのである。

ここに注目

世間の俗態に拘らず、どの人にも等しく訪れる春の象徴としての梅と柳。

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7春風 白楽天

詩文

一枝先発苑中梅
櫻杏桃梨次第開
薺花黄莢深村裏
亦道春風為我来

通釈

庭園の中では先ず梅が一枝、ほかの花に先駆けて咲き出す。そのあと桜・杏・桃・梨が順々に花を開いてゆく。さらに人里離れた村の中では、なずなの花も咲き莢(楡の実)も黄ばんでいく。それらを見ていると、春風はまるで私たちのために吹いてくれるとさえ思われる。

ここに注目

一枝の先駆け(梅)から百花の広がりへと進んでいく春の姿を詠んでいる。

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8春夜 蘇軾

詩文

春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈

通釈

春の夜のひとときはほんの僅かでも千金に値するほど貴い。花は清らかな香りを放ち、月にはやわらかな陰影がただよっている。楼台のあたりからは歌や楽の音がかすかに聞こえ、庭のぶらんこのあるあたりには、しっとりとした春の夜が深く満ちている。

ここに注目

花は特定されていないが、花香り月影やさしい春の夜を心地よく楽しんでいる情景。

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9題自画 夏目漱石

詩文

唐詩読罷倚欄干
午院沈沈緑意寒
借問春風何処有
石前幽竹石間蘭

通釈

唐詩を読み終えて欄干にもたれていると、昼の庭はひっそりと静まり返り、緑は見えるもののまだどこか寒々しい。では春風はいったいどこに来ているのだろうか。それは石の前にしずかに立つ竹や、石の間にひっそり咲く蘭のあたりにこそ、そっと宿っているのである。

ここに注目

石間の蘭は目立たず、静かに春の到来を伝える。

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10襄邑道中 陳與義

詩文

飛花両岸照船紅
百里楡堤半日風
臥看満天雲不動
不知雲与我倶東

通釈

散り飛ぶ花が川の両岸に満ち、その色が舟までも紅く照り映えさせている。はるか百里も続く楡の堤には、半日じゅう風が吹きわたっている。舟の中で身を横たえて空いっぱいの雲を眺めると、雲は少しも動かないように見える。けれども実は、その雲も私も共に東へと流れているのであった。

ここに注目

楡は花としてではなく堤の並木として広大な舞台を担う、川をゆく舟を紅く染める花弁は桃か杏か…… 旅人を送る。

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11田園楽 其六 王維

詩文

桃紅復含宿雨
柳緑更帯春烟
花落家童未掃
鶯啼山客猶眠

通釈

桃の花は紅く咲き、なお昨夜の雨のしずくをそのまま宿している。柳は青々と芽吹き、さらに春の霞を帯びていっそうやわらかな趣を見せている。庭には花が散っているが、家僕は惜しむかのようにまだそれを掃いていない。鶯が鳴いているのに、山懐にある私は微睡の中にある。

ここに注目

仲春から晩春へと移りゆく情景を桃花と柳で表している。名残惜しみつつ堪能している様子が滲む。

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12山中問答 李白

詩文

問余何意栖碧山
笑而不答心自閑
桃花流水杳然去
別有天地非人間

通釈

なぜおまえはこんな青山の中に住んでいるのか、と人が私にたずねる。私はただ笑って答えず、心はおのずとのどかで静かである。見ると、桃の花は流水にのって遥か彼方へと流れ去ってゆく。そこには俗世とはまったく異なる、別の天地がひらけているのである。

ここに注目

桃花は流水にのって流れてゆき、別天地(俗世の外)へと誘う。花を詠んだというより桃源郷を想起させる桃花流水の語により結句へと繋げている。

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13折楊柳 段成式

詩文

枝枝交影鎖長門
嫩色会霑雨露恩
鳳輦不来春欲尽
空留鶯語到黄昏

通釈

枝という枝が影を重ね合い、その柳の姿はまるで長門宮を閉ざしてしまうかのようである。若々しい柳の色は、雨や露の恵みを受けていっそう瑞々しくうるおっている。けれども帝の車はついにここへは訪れず、春ももう尽きようとしている。ただむなしく、鶯の声だけが夕暮れまで聞こえている。

ここに注目

春はゆく、想いは叶わない。若々しい柳の緑に比し失意の深さが際立っている。

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14無題 村上仏山

詩文

落花粉粉雪粉粉
踏雪蹴花伏兵起
白昼斬首大臣頭
臆嘻時事可知耳
落花粉粉雪粉粉
或恐天下多事兆於此

通釈

花は粉のように激しく散り、雪もまた粉のように乱れ舞っている。その雪を踏み、その花を蹴散らして、伏せていた兵が起ち上がる。白昼のうちに大臣の首は斬られてしまった。ああ今の世の成りゆきは、これだけでも十分に知れるではないか。花は粉のように散り雪もまた粉のように舞う。おそらく天下に多事多難の時代が来る、その兆しはまさにここに現れているのであろう。

ここに注目

花は、ここでは春のやわらかな象徴ではなく、混乱と不吉さを可視化するものとして詠まれたと考えられる。

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15示諸生 安積艮斎

詩文

戒君勿見墨陀花損
花下美人花遜華
戒君勿見墨陀月
月下少婦月恥潔
先哲惜陰強精研
何暇花月耽流連
我閲書生三十年
志業多因花月損

通釈

君たちに忠告する、隅田の花など見に行ってはいけない。花の下には美しい女性がいて、花さえ見劣りする華やかさで君を虜にするから。また隅田の月など見に行ってはいけない。月の下には月さえ恥じ入るほどの清らかな若い婦人がいるから。昔の賢人たちは寸暇を惜しんで学問に研鑽した。どうして花や月に心を奪われ遊んでいる暇などあろうか。私は書生というものを三十年見てきたが、その志や学業は多くの場合、花月と遊興に損なわれてきたのを知っている。

ここに注目

花も月も愛でる対象ではなく学問の妨げになると説き、しかも花月をダシにつまりは婦女子に近づくこと、遊興に耽ることを戒めている。逆説的だが春爛漫の華やかさを讃えているとも言える。

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16九段桜 本宮三香

詩文

至誠烈々貫乾坤
忠勇誉高靖国門
九段満花春若海
香雲深処祭英魂

通釈

真実の誠は烈しく天地をも貫き、忠義と勇気の誉れは高く靖国の門に満ちている。九段は桜の花でいっぱいとなり、春の景はまるで海のように広々と満ちあふれている。花の香りが雲のように深くたちこめるその奥で、英霊をまつっているのである。

ここに注目

一面に満ちる桜は春の華やぎそのもだが、観る人を慎ませ英霊に思いを向けさせる。

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17惜花 福澤諭吉

詩文

半生行路苦辛身
幾度迎春還送春
節物怱怱留不止
惜花人是載霜人

通釈

人生半ばまでの道のりを、私は苦労多い身として歩んできた。その間に、幾たび春を迎えてはまた春を送り去ってきたことだろう。季節の景物はあわただしく過ぎ去って、引き留めようとしても決してとどまってはくれない。散りゆく花を惜しむ人とは、すなわち頭に霜をいただくようになった、年を重ねた人なのである。

ここに注目

去り行くを惜しむ花は、今年だけではなくこれまで送ってきた何回もの春の花を背負っている。

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18清明 杜牧

詩文

清明時節雨紛紛
路上行人欲断魂
借問酒家何処有
牧童遥指杏花村

通釈

清明のころだと言うのにしめやかな雨が降り続いている。その道を旅して行く私の心は何とも言えず物寂しく、今にも魂が絶えそうなほどである。そこで酒の飲める家はどこにあるかと牧童に尋ねた。すると遥るか向こうの杏の花咲く村を指さし教えてくれたのであった。

ここに注目

梅雨の先駆けを思わせる雨、ここでの花は咲き誇る明るさより湿潤な情緒を思わせる。

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19花月吟 藤野君山

詩文

花屋弾琴千嶂月
月楼弄笛万林花
花香漠漠花天月
月色朧朧月地花
花下哦詩君対月
月前温酒我看花
花開花落古今月
月去月来晨夕花

通釈

花に囲まれた家で琴を弾けば、幾重の峰の上には月が出ている。月を望む楼で笛を吹けば、見渡す林には花が満ちている。花の香りは果てしなく漂い、花に満ちた天には月がある。月の光は朧に広がり、月に照らされた地には花がある。花の下で詩を吟ずれば君は月に向かい、月の前で酒を温めれば私は花を眺める。花は咲き、また花は散ってゆくが、月は古今を通じて変わらずあり、月は去ってはまた来るあいだに、花は朝な夕なに移ろってゆく。

ここに注目

この花は、月とともに天地に満ち、香り、眺められ、やがて散ってゆく風雅の花。春の風雅と移ろいゆく無情感が感じられる。

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20芳野懐古 藤井竹外

詩文

古陵松柏吼天飈
山寺尋春春寂寥
眉雪老僧時輟帚
落花深処説南朝

通釈

後醍醐天皇の古い御陵を訪ねると、松や柏が吹き荒れる風にうなっている。山寺に春をたずねて来てみたが、桜は散り、春の華やかというよりはひっそりと寂しい。眉の白い老僧がときおり箒の手を止めて、深く積もる落花の中で南朝のことを昔語りしてくれる。

ここに注目

春の終わりと歴史の終わりとを重ねて感じさせる桜の落花。

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21懐雲井龍雄 谷干城

詩文

墨田之花可酔
蓮池之月可吟
想昔連騎豪遊日
櫻花爛漫月沈沈
錦城春暗辛未年
人生浮沈是天然
若有孤心徹亡友
感涙為水到九泉

通釈

隅田の花は人を酔わせるに足るものであり、蓮池に映る月はまことに吟ずるにふさわしい。昔、友と馬を並べて豪快に遊んだ日を思い起こせば、桜の花は爛漫と咲き満ち、月の光は深く静かに沈んでいた。しかしあの辛未の年には、城下の春は暗いものとなった。人生の浮き沈みはもともと避けがたいものではある。それでも、もしこのひとり抱く思いが亡き友に届くなら、この感涙は水となって地下の泉にまで流れ着くことだろう。

ここに注目

詠まれている花と月自体は華やかで麗しい。しかしそれは追憶の中であり、現在を飾る花ではなく喪失を際立たせる花である。

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22題太田道灌借蓑図 大槻磐渓

詩文

孤庵衝雨叩茅茨
少女為遺花一枝
少女不言花不語
英雄心緒乱如糸

通釈

にわか雨の中、蓑を借りようと茅葺の小さな家を見つけて戸をたたいた。少女はそれに応じて、一枝の山吹の花を差し出した。少女は何も言わず、その花もまた何も語らない。差し出された花の意味がわからず帰ったが、後にその意を知り、道灌の心は多いに乱れ無知を恥じた。

ここに注目

鑑賞の対象でもなく感傷の対象でもなく、まさに花そのものの存在が詩の真ん中にある。

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